2019年2月15日金曜日

道引長太郎地蔵尊 ~ 浅草・言問通り沿いのお地蔵様 ~

浅草と言えば雷門の巨大な提灯を思い浮かべる人が多いかと思います。
昔から雷門周辺は人が多いですが、最近は半分以上は外国人かな?
ちょっと人が多すぎて落ち着かないですが、
一歩離れればそういった雰囲気とは無縁となります。
(静かではありませんが...)

そんな言問通り沿いにあるのがこちらの道引長太郎地蔵尊です。

(道引長太郎地蔵尊@言問通り)



















詳細な縁起がありますので引用致します。

道引長太郎地蔵尊縁起

江戸末期文政嘉永の頃、金竜山浅草寺に資性純朴な長太郎と云う者がおり、
良く寺に仕え、信者及び街の人々より信望を受け生涯を浅草寺と街の為に尽くし、
長寿を全うしました。
この事を聞いた当時の浅草寺住職であった上野輪王寺門跡の宮様である
慈性法親王が浅草寺別当大僧正に命じ一体の延命地蔵尊を建立させ、
之を長太郎地蔵尊と命名し長太郎の忠誠を末永く記念しました。
そして、昭和以降この地蔵尊は俗に「道引長太郎地蔵尊」と呼ばれ、
道引とは引導に通じ、この地蔵尊を信仰すれば
将来浄土にみちびいて頂けると言う機縁に恵まれると云う意味であり又、
俗説には浅草寺馬屋番の世話役男衆の弔い地蔵と言う説も有ります。
地蔵尊祭礼は当町会により毎年七月二十四日、
浅草寺の僧侶により回向が執り行われます。

浅草3丁目象一町会

(道引長太郎地蔵尊縁起)




















これには異説もあります。
犬公方・五代綱吉将軍が「生類憐令」を出してすぐ、
忠運僧正の命を受けた長太郎が狂犬を集めて隅田川に流したのですが、
忠運僧正がすぐ身を隠したため自殺したと思った長太郎が後追い自殺してしまい、
それを弔うための地蔵尊だというものです。

全然違いますね。
どちらが本当なんでしょうかね?

(道引長太郎地蔵尊 - 正面から)




















いずれにしましても、これだけ立派なお地蔵様がさりげなく残るのが浅草とも言えます。
小さい神社やお地蔵様を訪ねて歩くのも浅草の楽しみ方かと思います。

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