2016年11月4日金曜日

神楽坂・湯島散策 ⑥ ~ 湯島聖堂へ ~

 当初の予定では、この後アメ横に行く予定だったのですが、
ここまで来たので、湯島聖堂へ寄る事にいたします。

湯島聖堂は、江戸時代の元禄3年(1690年)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉
によって建てられた孔子廟で、後に幕府直轄の学問所となりました。
それによりこの地は「近代教育発祥の地」として知られます。
JR中央線・お茶の水駅の東口から北に渡る「聖橋」の北端に
このことを示す碑が建っています。

(東京医科歯科大学の一角にある 近代教育発祥の地)

(聖橋)

(湯島聖堂案内板)

(御茶ノ水駅からは聖橋門からのアクセスが便利)










































































それでは、聖橋門から早速中へと入っていきます。
こちらから入ると、すぐに入徳門が視界にはいります。

(入徳門)




















入徳門の入徳とは、朱熹の「大学章句序」 における
「子程子曰、大学、孔子之遺書而初学入徳之門也。」の一節から取られています。

続いて杏壇門です。杏壇とは、山東省曲阜にある孔子の教授堂の遺址のことです。
 孔子が学問を講じた壇のまわりに杏 (あんず) の木があったところから来ています。

(杏壇門)

(杏壇門は屋根上の彫刻にも注目)






































そして大成殿。大成は孔子廟の正殿の名称です。

(大成殿)



















ちなみに、杏壇門のすぐ近くに西門があり、
神田明神からこちらに来る場合はこちらの西門が便利です。

(湯島聖堂西門)




















大成殿から正門方面へと歩を進めます。
ここから孔子銅像へと向かいます。
その手前にあるのが、楷樹です。
楷樹の由来については、説明がつけられていますが、
楷は曲阜にある孔子の墓所に植えられている名木です。

また、こちらの孔子銅像ですが、1975年に
中華民国・台北市 ライオンズ・クラブからの寄贈されたものです。
孔子の銅像としてはは世界最大で、4.57メートル、重量約1.5トン
もの大きさがあります。

(楷樹)

(世界最大を誇る 孔子銅像)












































 そして最後に仰高門です。
仰高とは、「論語」子罕第九「顔淵喟然歎曰、之彌、鑽之彌堅。」によるもので、
漢文風に読めば、「顔淵、喟然として歎じて曰く、之を仰げば弥(いよいよ)高く、
之を鑚れば弥堅し。」となります。
従って仰高とは、仰げば仰ぐほど高いという、孔子の徳の高さを意味します。

(仰高門)




















 さて、ここから最後の目的地、アメ横へ向かいます。


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