2016年2月18日木曜日

両国散歩 ~ 両国から浅草橋へ ~ ③ 柳橋から浅草橋へ

 両国広小路からは、神田川を目指して歩を進めます。
両国広小路からほど近いところにある風情のある美しい橋が「柳橋」です。
独特のフォルムと青銅色の鉄橋が美しいですね。


(神田川に架かる柳橋)




















現在の柳橋は1929年(昭和4年)に建てられたものですが、初代の橋は1698年に建てられています。神田川が隅田川に流入する河口部に位置する最下流の橋梁となっていて、橋からは大きな隅田川を見渡すことが出来ます。
ちなみに、1999年には「中央区区民有形文化財」として登録されています。


 (柳橋から浅草橋方面を臨む)

 (柳橋から隅田川方面を臨む)





































こちらから浅草橋へ向かう途中には舟宿が多いのが特徴です。
下記の写真は舟宿・小松屋さんの外観です。
昭和2年からこちらで営業されている老舗です。
こちらでは屋形船のアレンジも可能です。





















柳橋を上って行きますと、次の橋は浅草橋。
現在の浅草橋は1930年の建立。こちらは国道6号線が通る交通の要所です。


 (あさくさばし)




















浅草橋の袂には「浅草見附跡」の石碑が建っています。
「見附」とは、街道の分岐点など交通の要所に置かれた見張り所のことです。
この地は浅草と日本橋を結ぶ要所であることより、江戸城の警護のため36門の一つとして、寛永13年(1636年)に建てられました。当時は「浅草御門」と呼ばれていたとの事です。


(浅草見附跡の石碑)

(旧町名由来案内 - 旧浅草橋)

(浅草橋と浅草橋公園)























































ここから更に、神田川を上っていきます。
浅草橋のお隣は、左衛門橋。
こちらの名前の由来は、橋の北側に酒井左衛門尉の屋敷があったことから、この橋名がついたようです。


(左衛門橋)

(旧町名由来 - 旧浅草上平右衛門町、浅草左衛門町)

(左衛門橋から浅草橋を臨む)























































ここから、総武線の架橋方面へと歩を進めます。
浅草橋駅から秋葉原駅へ向かう架橋は、新しいものと古いものが混在しており、
また、事務所のような建物もあって、ちょっとユニークな空間になっています。


(浅草橋附近の高架下)

(こちらは事務所に使用されていますね)





































こちらを秋葉原方面へと向かっていく途中にあるのが「千代田区立佐久間公園」です。
一見、何の変哲もない普通の公園ですが、この公園はある意味国民的な意味のある公園です。
というのも、こちらは「ラジオ体操発祥の地」なのです。
千代田区観光協会のHPから引用しますと、
「JR秋葉原駅から総武線本線南沿いの狭い道を東に行くと、区立佐久間公園があります。もとの佐久間小学校を公園にしたものです。
この公園は、ラジオ体操発祥の地でもあります。ラジオ体操は 昭和3年(1928) 簡易保険局が 国民の健康増進のために国民保険体操と名づけて 制定したものです。これがひとたび放送されるや ラジオ体操として親しまれ全国各地に ラジオ体操会 の誕生をみるにいたりました。  
この地は 当時万世橋警察署の 面髙巡査が 町内会の人達とともに全国に先駆けて「早起きラジオ体操会」を始めた ゆかりの地なのです。」

http://www.kanko-chiyoda.jp/tabid/760/Default.aspx


(ラジオ体操発祥の地 - 佐久間公園)

(都心では広い公園の部類ですね)

(子供用遊具もあります)





















































 (神田佐久間三丁目の説明版)




















さて、これにて今回の短い散歩は終了。
ここからは秋葉原まで行ってから帰ることに致します。


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