まず向かうのは「城南信用金庫本店」です。
私が五反田で働いていた時は、信用金庫業界No1の規模を誇っていましたが、
2001年に京都中央信用金庫が、経営破綻した京都みやこ信用金庫、南京都信用金庫の
事業を譲り受け合併して誕生したことにより預金量・貸出金量とも2位となっています。
城南信金本店は信用金庫というイメージとは異なり、
かなり大きな建物になっています。
(城南信用金庫本店) |
この本店ビルの一角に建っているのが「品川区立第一日野小学校跡 」の石碑です。
石碑もさることながら、大きな赤い石があります。
何か石碑がちょっと窮屈そうですね。
(品川区立第一日野小学校跡) |
さて、城南信金から五反田駅方面に歩いていると、
古い料亭風の建物がありますが、こちらが「旅館 海喜館」です。
なかなか廃墟チックな建物ではあります。
巨大詐欺事件の舞台にもなり(勝手に舞台にされただけですが)、
「怪奇館」という異名も言い得て妙です。
(旅館 海喜館 - 外観) |
(旅館前がSmoking Spot で煙いです) |
(旅館 海㐂館 - 草書体が歴史を感じさせます) |
(こちらは新しい?海喜館の看板) |
(かなり古い住居表示が残っています) |
再開発が進んでいる五反田地区ですが、
ここだけは時計が止まったかのようなエリアです。
続いては五反田駅を越えて、「白雉山慈光院 寳塔寺」へ向かいます。
1401年 (応永8年)に品川の海岸近くに創建した古刹で、
当地に移ったのは万治年間 (1658年~61年)と言われています。
目黒川の水害を受けて当地に移ったというだけあり、
一段高い城壁のような壁の上にあります。
ちなみに、目黒川は現在でも氾濫リスクが高く、
私が五反田で働いていた30年近く前も、
台風だ!といって、事務所前に一所懸命土嚢を積んだ記憶があります。
(宝塔寺 - 山門) |
(宝塔寺 - 本堂) |
(お地蔵様) |
こちらのお寺から桜田通り沿いへ向かったところにあるのが「雉子神社」となります。
先に参拝した寳塔寺は雉子神社の別当寺でした。
江戸期には上大崎村・下大崎村・谷山村の鎮守であったこの神社、
創立は文明年中(1469年~1487年)という歴史ある神社です。
慶長年間に徳川三代将軍家光が鷹狩りに来た時、
一羽の白雉が社地に飛び入ったのを見て、「以後雉子宮と称すべし」と言われ、
以後「雉子ノ宮」と改称したと伝わっています。
古い神社ながらも、都心の大動脈沿いにして五反田駅近くの立地から、
ビルと一体化した神社へと変貌を遂げています。
一言で言えば「スタイリッシュ」な神社ですね。
(境内社 - 三柱神社) |
(ビルと一体化しているのがわかります) |
五反田付近については、高輪方面へ向かうと色々ありますが、
本日はここまで。これから都営浅草線で西馬込へ向かいます。
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