付近は住宅が密集するエリアで、アパート風の建物も目立ちます。
そんな中、白亜の鳥居と高い木々が印象的な神社が
こちらの田端日枝神社となります。
(田端日枝神社) |
田端日枝神社は1624年 (寛永元年) 創建の古い神社です。
全体的にはかなり古いものがそのまま残っていますが、
鳥居と参道の手すりがやや新しいです。
神社内の雰囲気は、東京23区内とは思えないですね。
ちょっと田舎に来たような感じが致します。
(1923年(大正12年)に作られた狛犬) |
(残念ながら風化が目立ちますね) |
(田端日枝神社 - 拝殿) |
(神額はやや新しめ) |
(本殿でしょうか?) |
(境内社) |
(近くには廃墟チックな建物もありました) |
さて、再びメインロードへ戻りますが、
その手前にあるのがポプラ坂です。
こちらの坂ですが、こちらにある田端保育園が
かつてのポプラ倶楽部であったことに由来します。
由緒については、東京都北区教育委員会の詳細な説明がありますので引用致します。
田端文士村
ポプラ坂
田端保育園はポプラ倶楽部の跡で、ポプラ坂の名はこれにちなむものです。
ポプラ倶楽部は、明治41年ごろ、洋画家の小杉放庵(未醒)が作ったテニスコートで、
田端に住む洋画家の社交場となったものです。
陶芸家の板谷波山、洋画家の山本鼎、彫刻家の吉田三郎、詩人の室生犀星、
小説家の菊池寛などが、このすぐ近くに住んでいました。
大正2年、田端に越してきた芥川龍之介は、その1ヵ月目に、
ポプラ倶楽部のことを手紙に書いています。
昭和62年10月
東京都北区教育委員会
赤くきれいに舗装された道路は往時を想像するのも困難ではありますが、
明治時代の日本を代表するビッグネームの方々が
この付近に住んでいたわけですね。
(田端保育園とポプラ坂) |
(ポプラ坂 - 北区も案内板は充実しています) |
このポプラ坂近くには、北区立田端公園があります。
こちらは昔ながらの公園という感じで、
個人的には北区らしい雰囲気ではないか?などと思います。
こちらの公園付近は神社仏閣が多いエリアでもあります。
引き続き散策を続けます。
(北区立田端公園) |
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