セミリタイアブロガー・世界を歩く
2025年4月3日木曜日
川口市・足立区神社巡り ⑯ 上沼田北野神社
二層式社殿が独特
子の神稲荷神社に続いて上沼田北野神社へと向かいました。
上沼田北野神社も江北氷川神社の所管社となります。
上沼田北野神社は文久年間(1861年~1864年)に創建されたと伝えられる、
歴史ある神社となります。
社殿は二層式になっており、
また、かなり大きな上沼田町会館がお隣にあり、
独特の雰囲気を醸し出している感じが致します。
こちらの上沼田町会館ですが、
通りに面した反対側には、
mamoru舎やまつやといったお店があり、
通常の町会館のイメージとは異なります。
建物の一画だけが町会館なのでしょうかね?
ちなみに、私の参拝時には自転車に乗った子供が多く訪れていて、
学童とか塾みたいな施設があるのかな?と思いました。
その他にも人通りが結構多くて、
それなりに活気のある印象を受けました。
2025年4月2日水曜日
川口市・足立区神社巡り ⑮ 子の神稲荷神社
江北氷川神社の所管社
谷在家赤城神社から再び東京女子医大通りに戻り南下、
続いては子の神稲荷神社へと向かいました。
こちらの神社は住宅街の中に佇むと言った雰囲気です。
そして、扉が閉まっており、境内には入れません。
江北氷川神社の所管社であることは看板からわかりますが、
ご由緒等の詳細は不明のようですね。
こちらの神社も扁額や社号標もなく、
足立区にはこの手の神社が多いという印象を改めて受けましたね。
2025年4月1日火曜日
川口市・足立区神社巡り ⑭ 谷在家赤城神社
浅香藤九郎源政家の屋敷神として祀られる
鹿濱稲荷に続いて谷在家赤城神社へと向かいます。
ここまで来ると、日暮里・舎人ライナーの谷在家駅はすぐ近くです。
谷在家赤城神社の御由緒ですが、
境内に立派な石板による説明書がありました。
それによりますと、浅香藤九郎源政家が戦に敗れ居城を放棄し、
一族郎党数十名と共に武蔵国南足立郡谷在家村に移り、
宝永年中 (1704年~1710年)に屋敷神として祀られたのが始まりとのこと。
そして最後に、境内社にも参拝させて頂きますが、
こちらは扁額もなく、何を祀られているのかは不明でしたが...
こちらの神社も押部八幡神社と同様、
境内が広く清々しさを感じさせる神社でした。
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